大判例

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最高裁判所第二小法廷 平成2年(オ)1820号 判決 1991年3月22日

上告人

株式会社ミユキ

右代表者代表取締役

川上淑夫

右訴訟代理人弁護士

関口保太郎

脇田眞憲

幣原廣

冨永敏文

吉田淳一

被上告人

株式会社東京相和銀行

右代表者代表取締役

前田和一郎

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人関口保太郎、同脇田眞憲、同幣原廣、同冨永敏文、同吉田淳一の上告理由について

抵当権者は、不動産競売事件の配当期日において配当異議の申出をしなかった場合であっても、債権又は優先権を有しないにもかかわらず配当を受けた債権者に対して、その者が配当を受けたことによって自己が配当を受けることができなかった金銭相当額の金員の返還を請求することができるものと解するのが相当である。けだし、抵当権者は抵当権の効力として抵当不動産の代金から優先弁済を受ける権利を有するのであるから、他の債権者が債権又は優先権を有しないにもかかわらず配当を受けたために、右優先弁済を受ける権利が害されたときは、右債権者は右抵当権者の取得すべき財産によって利益を受け、右抵当権者に損失を及ぼしたものであり、配当期日において配当異議の申出がされることなく配当表が作成され、この配当表に従って配当が実施された場合において、右配当の実施は係争配当金の帰属を確定するものではなく、したがって、右利得に法律上の原因があるとすることはできないからである。

したがって、これと同旨の原審の判断は正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島敏次郎 裁判官藤島昭 裁判官香川保一 裁判官木崎良平)

上告代理人関口保太郎、同脇田眞憲、同幣原廣、同冨永敏文、同吉田淳一の上告理由

一、原判決は、一般債権者と抵当権者のように執行目的財産の交換価値を実体法上把握している担保権者とを区別して、配当の結果、少額配当を受けた一般債権者は多額配当を受けた債権者に対し前者の「損失」と後者の「利得」との間に因果関係がないので、理論上前者の後者に対する不当利得返還請求を観念しえないとし、少額配当を受けた者が担保権者である場合は、自己の実体法上の優先権が侵害された損失とその部分の配当を受けた者の利得との間に因果関係があり、かつその利得には「法律上の原因」がないので不当利得返還請求権は認められると、判示する。そして、原判決の具体的な論理は

(1) 民事執行法上の金銭の支払いを目的とする配当手続は、権利外観に基づいて作成される配当表に従って配当される。

(2) 配当表に不服の者は、配当異議の申出をして、配当表に基づく配当の実施を妨げたうえで、配当異議訴訟により、自己の主張の当否の判断を訴訟手続で受ける。

(3) 実体的権利の確定は、別の訴訟手続即ち不当利得返還請求訴訟を提起して、同手続で行う。その理由は①配当表に確定判決と同一の効力を付与する旨の規定がないこと、②民事執行法の配当表作成手続は配当表の実施の目的を超えて、他の債権者の実体法上の権利の承認又は自己の有する実体法上の不当利得返還請求権の放棄を推認させる構造になっていないこと、③総債権者の合意により記載された配当表に基づく配当実施に準ずるものと解されないこと。

である。

二、しかし、原判決の前記論理は、次の点で妥当でない。

1 第一は、一般債権と担保権とを区別する点である。

即ち、原判決は、債権者が債務者から任意弁済を受ける場合と民事執行法に基づいて強制的に配当を受ける場合とを同一視している点である。しかし、民事執行法上配当要求をする債権者は、債務名義を有する者等の債権者が債務者所有の具体的な資産が競売されるにあたってその売却代金について配当を受けるべき意思を表示しているものであって、それは債権者の債務者の資産に対する掴取力がより現実化したものであるから任意弁済の場合と同一視すべきでない。そして、もしその配当を受けるべき地位が侵害される場合はそれが損失であり、当該配当手続でより多くの配当を受けた債権者の利得との間では直接的な因果関係があると言わざるを得ない。

従って、当該競売による配当手続において、損失を被る者が配当要求をした一般債権者である場合と担保権者である場合との各損失は、前者において他の一般債権者と平等に配当を受ける地位が侵害されることであり、後者の場合は優先的に配当を受ける地位が侵害されることであって、ともに配当を受ける地位が侵害されて損失を受ける点で共通している。そして、その損失の結果当該配当手続において利得を得た債権者との間には、ともに直接的な因果関係があるのである。

従って、因果関係について、原判決が一般債権者と担保権者とを区別して考えている点は妥当でない。

即ち、一般債権者と担保権者との場合、ともに「損失」と「利得」との間には因果関係があり、不当利得返還請求の可否は「法律上の原因」の判断によって決せられるべき問題である。

2 第二は、原判決が、本件の場合、上告人の利得に「法律上の原因」がないとした点である。

言うまでもなく、不当利得返還請求権の要件事実は、①利得、②損失、③①と②との相当因果関係、④①の利得に「法律上の原因」がないこと、である。

そして、④の「法律上の原因」とは、①と②との間の財貨の移転が妥当視されないこと、とりわけその財貨の移転に第三者の行為が介在する場合――本件の場合は裁判所の配当がそれに該当する――は、介在する者の行為の妥当性の有無により「法律上の原因」が判断されるべきものである。

しかるに、原判決は、本件の場合、理論上当然に不当利得返還請求権が観念されることを前提として、民事執行法上、不当利得返還請求の放棄を推認させる構造になっていないと判示するが、これは論理が逆転しており、まずなによりも理論上の問題として民事執行法の配当手続と関連して「法律上の原因」の有無が検討されるべきものなのである。

原判決も判示するように、民事執行法は、執行裁判所は請求債権や担保権の存否など実体的な権利関係の調査、判断について執行記録から認められる権利外観に従って配当表を作成し、配当表の実体的正当性は、配当にあずかる各債権者がそれぞれ自己に正当な記載を得ようとし、あるいは他の債権者に不当に有利な記載を排除することにより確保する基本構造となっている。

そして、右の「他の債権者に不当に有利な記載を排除する」制度こそ、配当異議の申出と配当異議訴訟なのである。

また、この「配当表の正当性の確保」の制度(配当異議と配当異議訴訟)は、執行裁判所との間の適法性を維持するだけでなく、債権者間の適法性をも維持するものである。なぜなら、配当異議及び配当異議を申出た債権者のなす配当異議訴訟は、執行裁判所を介在してなされる財貨の移転の不当性についての異議及びその裁判であるので、かかる権利が行使されなかったときは、その反面として執行裁判所がなす配当による財貨の移転が適法視ないしは妥当視されるからである。

3 第三は、民事執行法上、「配当表の記載に実体的権利関係を確定する裁判」である旨の規定がないこと及び民法上の不当利得返還請求権を許さない旨の規定がないことを理由として、原判決が不当利得返還請求権を認容する点が問題である。

まず、「不当利得返還請求権を認めない規定がない」ことを理由としているが、この点は問をもって答えるものと言わざるを得ない。なぜなら、民事執行法上に「不当利得返還請求の可否について規定がない」からこそ、本件が問題となっているからである。

次に、配当表に裁判の効力があるか否かにより不当利得返還請求の可否について判示している点について検討する。

確かに配当表の記載が債務者及びこれに対する全ての債権者との関係において実体的な権利を絶対的に確定する効力を認めるならば、原判決の判示するとおり、「確定判決と同一の効力を付与」する旨の規定が必要であろう。

しかし、本件で問題となっているのは、配当を受けた上告人とそれにより配当を受けられなかった被上告人との間の不当利得返還請求の可否という相対的なものである。即ち、配当異議の申出をしなかった債権者又は配当異議の申出をした債権者が配当異議訴訟で完結しなかった者と配当を受けた債権者との関係において不当利得返還請求権が認められるか否かという相対的な問題である。従って、本件は、配当表の記載に判決と同一の効力を付与する旨の規定がないこと即ち実体法上の権利関係を確定させる裁判と同一の効力を認める旨の明文規定がないことをもって、「法律上の原因がない」と判断することは当を得ない。

「法律上の原因」の存否は、配当手続における財貨の移転に際し、それに介在する執行裁判所の手続の妥当性――即ち利害関係人の権利保障のための手続的保障がなされているか否かによって決っせられるべき問題である。

そして、配当表の記載は、確定判決と同一の効力がないとしても、民事執行法に規定されている配当表の作成手続、配当異議の申出、配当異議訴訟の各制度の趣旨によると、配当異議の申出のない場合又は配当異議の申出があったとしても一週間以内に配当異議訴訟の提起がない場合は、配当表の記載は対執行裁判所のみならず配当表に記載されている債権者間においても配当金額が確定すると解されるべきである。

従って、本件の場合、被上告人の上告人に対する不当利得返還請求は認められない。

本件の場合に不当利得返還請求権を認めないと、被担保債権を有しない者に対する配当を認めた配当表の記載に実体的な権利関係を確定する効果を認める結果となると解する余地もある。しかし、かかる結果が生じるのは、配当異議など民事執行法上の自己の配当を受けるべき地位を保全する手段を講じなかった者がその権利を失う結果の反射的効果にすぎない。従って、配当表の記載に実体法上の権利関係を確定する規定がないこと故に不当利得返還請求権の要件事実たる「法律上の原因がない」と判断することは不当である。

三、以上要約すると、上告人の論旨は次のとおりである。

(1) 上告人の「利得」と被上告人の「損失」とには、因果関係がある。

(2) 上告人の「利得」に「法律上の原因」があるか否かを判断するに際しては、配当表の記載に裁判と同一の効力による実体法上の権利関係を確定する効力があるか否かによるべきではなく、当該配当手続において「損失」を受ける者の権利が保全される権能が制度的に保障されているか否かによるべきである。

民事執行法は、右の制度として異議の申出と配当異議訴訟により、この制度的保障を企図している。

そして、「損失」を受ける者が、この制度によって保護されている権利を行使しなかったときは、かかる配当手続における財貨の移転は、対裁判所のみならず、この特定債権者間においても適法視され、かつ確定するものであるから不当利得返還請求権は制度的に認められない。その意味で、配当異議及び配当異議訴訟は、民法の不当利得返還請求権の特別法としても位置づけられ、民事執行法は不当利得返還請求権を排除したと解されるのである。

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